緋咲 凛さんより
大人になればなるほど、歳を重ねれば重ねるほど、薄れていってしまう子供の頃の視点。 そんな言葉をきいたコトは無いだろうか。 この言葉は近年特に注目されてきている言葉の一つであると感じられ、今更この言葉を耳にすることによって、今まで忘れていた子供の頃の気持ちをもう一度思い浮かべ、 それを目の前にいる我が子の気持ちに当てはめてみようと思う人々はあまり多くは無いのではないだろうか。 「今更他人にそんな事を言われずとも、既に何度も試みたことである」と言う人がほとんどだろう。 しかしそんな擦れて来た大人にとっての大変健気な試みは、子供の気持ちに帰るなどというこの上なく純粋な面に触れる行為には到底至らない事も確かである。 それはただ大人である自分が子供の気持ちを思い浮かべようとして作り出した、限りなく子供の部分に近い自分の内面を映し出した「大人の気持ち」にとどまってしまうからである。 そんな考えを思い浮かべながらこの本を手に取ると、大きな驚きを感じるのではないだろうか。 この本には子供の気持ちを持った「子供」が住んでいるのである。 親を見る子供の視点や、そこから生まれる感情。 自分の置かれている立場を大人が考えようはずもない程客観的な視点で把握し、 その自分が置かれた「立場」に対する周りの「眼」の存在と、それに映し出される自分の姿を正確に客観視する子供自身の眼。 それらを感じている自分を見ているもう一つの自分の眼。 それら数々の描写は、大人が後手間に作り出す擬似的な気持ちではなく、生々しい程に子供の気持ちなのである。 子供の頃自分が何をどの様に感じ、そこからどの様な感情を持って自分に残された選択肢を見出したのか、今になっては思い出せない人は多いだろう。 だからこそ、それらを正確に思い出すことが出来、子供の気持ちを手に取るように理解できると豪語する「染まり切った大人」の手に届いた時に、 新たに生み出されるこの本のこの上無くとも言えるほどに擦れた純粋さを感じて欲しいと願う。 緋咲 凛